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福岡地方裁判所小倉支部 平成3年(ワ)423号 判決 1994年4月05日

原告

今浪寅雄

右訴訟代理人弁護士

小川章

江口亮一郎

被告

サンシャイン管理組合法人

右代表者理事

徳永憲一

右訴訟代理人弁護士

山上知裕

山喜多浩朗

中村仁

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告のサンシャイン南国管理組合規約(平成元年一一月二三日施行)第一五条一項のうち「(飲食業を除く)」とある部分は無効であることを確認する。

2  被告は、原告に対し、一九五〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

被告は、昭和五五年一二月二三日被告肩書地に新築された別紙物件目録記載の区分所有建物「サンシャイン南国」(以下「本件マンション」という。)の全区分所有者で構成する管理組合であり、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)に基づく管理組合法人である。

原告は、同目録「専有部分の建物の表示」記載の専有部分(以下「本件建物」という。)の区分所有者である。

2  (規約の存在)

原告は、本件建物を第三者に賃貸して同建物で洋風レストラン(飲食業)を開業する計画を立て、平成二年一一月八日、被告の管理組合規約(以下「改正規約」という。)一五条二項の規定(組合員が専有部分を住居外用途に供する場合は、前もって……管理組合に届け出ると共に、その承諾を受けなければならない。)に基づきその旨届け出ると共にその承諾を求めたところ、被告は平成三年三月一二日、改正規約一五条一項の規定(組合員は、その専有部分を本来の住宅・事務所及び店舗(飲食業・風俗営業を除く)として使用するものとする。以下、「本件規約条項」という。)を根拠として右開業申出の承諾を拒絶した。

3  (本件規約条項の無効)

しかしながら、本件規約条項(改正規約一五条一項)は、飲食店の種類営業方法を一切問わず、飲食店というだけで全てこれを禁止しており、合理的な理由なくして原告の区分所有権を制限するものとして無効である。また、本件規約条項は、原告の所有する本件建物について飲食業店舗としての使用を無制限に排除する点で原告の権利に特別の影響(区分所有法三一条一項後段)を及ぼすところ、本件規約条項の制定(規約変更)に際して原告の承諾を得ていないから、この点でも本件規約条項は無効である。

4  (承諾拒絶による損害―不法行為)

原告は、被告の承諾があれば本件建物を賃料一か月一〇〇万円、敷金三〇〇〇万円の約で第三者に賃貸する予定でいたところ、被告の組合理事らは本件規約条項を根拠として前記のとおり承諾の拒絶に及んだ。右は、被告の理事らが本件規約条項は本来無効であることを知りながら、あえて同条項を根拠として原告の適法な開業申出を拒絶し、もって原告から収益の機会を不当に奪ったもので、不法行為を構成する。かかる不法行為により、原告は少なくとも右賃料の一年分一二〇〇万円のほか敷金三〇〇〇万円の運用利益として年五分の利回りで計算した五年分七五〇万円(3000万円×0.05×5年)を合計した一九五〇万円相当の収益を逸失し、同額の損害を被った。

5  よって、原告は、被告に対し、本件規約条項(改正規約一五条一項)のうち本件建物を飲食店に使用することを一律に禁止した部分が無効であることの確認を求めると共に、被告理事らによる原告に対する不法行為(民法四四条一項)に基づく損害賠償請求として一九五〇万円の支払及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1・2は認める。

2  同3・4は否認する。

三  原告の主張

1  被告の管理組合規約のうち、規約改正前の旧規約には本件マンションの専有部分を「飲食業として使用できない」旨の定めはなかった。しかるに、被告は、平成元年一一月二三日の規約改定により、前記専有部分の用途に関し、一律に飲食業には使用できない旨の本件規約条項を定めた。

2  そもそも組合規約によっても区分所有者の所有権行使を合理的理由なしに制限することはできないはずのところ、本件規約条項は、それが存在するだけで原告のレストラン開業を絶対的に阻止する機能を有するから、到底右合理的理由の存在を認めることはできない。本件規約条項は、原告の所有権を侵害する違法な規定というべきである。被告理事らが本件規約条項を根拠にして原告のレストラン開業を不当に妨げ原告の開業申出を拒絶した行為は、被告の不法行為を構成するというべきである。

3  本件規約条項は、以下の各点を考慮すると、原告の所有する本件建物に関する飲食業店舗としての使用を無制限に排除する点で原告の区分所有者としての権利に特別の影響を及ぼすところ、原告の承諾なくその成立をみているから、無効というべきである。

(一) 本件マンションは北九州商業・経済の中心で一等地に位置し、本件マンションの事務所ないし店舗としての利用価値は相当に大きい。しかも、本件建物は本件マンションの一階部分のうち大通りに面した最高の区画に当たり、床面積も約一〇四坪と充分な広さを有している。本件建物の有用性は極めて大である。

(二) 原告が昭和五六年当時本件建物を取得した代金は一億二〇〇〇万円であり、原告はこれを銀行融資により調達した。その金利負担は莫大であり、原告としては、本件建物の賃料等によって支払に充てるべきところ、空室のままではその損失が甚大に過ぎる。

(三) 原告は、本件建物を長年南国開発株式会社(以下「南国開発」という。)の事務所として貸与してきたが、その後空室となったため引き続き賃借人を募集してきた。この間、賃借人候補として「ベスト電器」や「日本エアシステム」等から申入れもあったが、賃貸借契約を締結するまでに至らなかったところ、今回「フォーティツウ」からレストラン店舗としての賃借申入れがあったものである。

四  被告の主張

1  本件規約条項の制定、適用によって原告が第三者との間の賃貸借契約の成立を阻害されたわけではなく、本件規約条項の制定、適用と右賃貸借契約不成立の間には因果関係がない。

すなわち、本件マンションに適用される旧規約(旧使用細則)によると、本件規約条項の成立以前においても店舗・事務所部分を取得した区分所有者がこれを当初の目的以外に使用するには事前に理事会の同意を得なければならない(旧細則一七条)ところ、本件建物にあっては、従前、会社事務所として使用されており、原告がこれを新たに店舗として利用するには理事会の同意が必要となる。したがって、本件規約条項の存在以前でも理事会の同意は必要である。また、本件建物を店舗として利用するには共用部分の変更工事が必要となるところ、改正規約によると、共用部分の変更には組合員の議決権総数の四分の三以上の同意が必要である。原告は、これらの理事会及び組合員の同意を得ていない以上、本件規約条項が制定されていてもいなくても、レストラン開業はできなかった筋合であり、本件規約条項の制定と前記賃貸借契約の不成立との間には因果関係がない。

2  本件規約条項は原告の権利に特別の影響を及ぼすものではなく、本件規約条項(規約変更)に原告の承諾は必要でない。

すなわち、本件マンションの一階部分で飲食店を開業する場合、空調設備、排水設備の設置など本件マンションの共用部分に大幅な変更を必要とし、居住環境に大きな悪影響をもたらすものである。本件規約条項は、これらの不利益を回避する趣旨で設けられたもので、本件マンションにとって必要であり合理性もある。他方、本件規約条項は、専有部分を飲食店、風俗営業に使用しないことを定めるのみで、原告が本件建物をそれ以外の営業に使用することまで禁止するものではない。以上のような、本件規約条項の必要性、合理性とその原告に及ぼす不利益とを比較考量すると、後者の不利益は極めてわずかであり、受忍限度内といえる。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(当事者)及び同2(本件規約条項の存在)は当事者間に争いがない。

二請求原因3(本件規約条項の無効)について検討する。

原告は、本件規約条項(一五条一項)は、(一)飲食店の種類営業方法の如何を問わず、飲食店というだけで禁止している点で原告の区分所有権を合理的理由なしに制限するものである、(二)本件建物の飲食業店舗としての使用を無制限に排除する点で原告の権利に特別の影響を及ぼすのに、何ら原告の承諾を得ていない、などとその無効の理由を主張する。

1  前記争いのない事実に成立に争いのない甲第一・第二号証、第五号証、第七ないし第一〇号証、乙第一ないし第七号証(乙第五号証は本件マンションの外観写真)、証人鹿毛耕一の証言により成立を認める甲第三・第四号証、第六号証、被告代表者尋問の結果により成立を認める乙第八号証、証人鹿毛耕一の証言、原告本人・被告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件規約条項成立の経緯として、以下の事実を認めることができる。

(一)  本件マンションの構造等

(1) 本件マンションは、昭和五五年一二月二三日、JR小倉駅南口から約三〇〇メートル離れた場所に新築された一二階建てのマンションであり、一、二階部分は店舗・事務所部分、三階以上は住居(四六戸)部分とされていた。周辺はオフィスビル、商業ビル、銀行・証券会社等の集中する都心部(いわゆる市街化区域、商業地域)であり、交通機関(バス、モノレール)にも恵まれ、本件マンションの近くには路面電車(当時)も通っていた。

(2) 販売業者の南国開発(代表者原告)は、本件マンションの分譲に当たり、これを「全面ホワイトタイル貼りとミラーガラスを使用した気品高く華麗な安らぎを秘めた最高級の邸宅マンションである。」、「一、二階部分はオフィスと病院関係にしか入居させない。」などと宣伝して顧客を勧誘し、本件マンションの区分所有者らも多くはこれを信用して購入していた。

(3) 本件マンションの一階部分(本件建物)は、床面積が約一〇六坪あり、分譲当初から昭和六三年一一月まで南国開発の事務所として使用されていたが、その後は空室のままであった。二階部分は歯科医院、レンタルブティック、広告会社、建設会社等が順次入居し、三階以上の住居部分には約三七世帯が入居していた。

(二)  規約の改正経緯

(1) 旧規約(甲一)

本件マンションでは、平成元年まで販売業者である南国開発の作成した管理規約(原始規約)がそのまま適用されていた。

(2) 平成元年一一月二三日改正規約(甲二)

本件マンションの組合員で構成する被告は、平成元年一〇月まで管理組合総会を開催したことがなかったが、原始規約が改正区分所有法施行以前に作成されていたこともあって、そのころから駐車場・管理費等の問題が組合員間に持ち上がり、規約改正の動きが出てきた。当時被告理事長の職にあった徳永憲一は、北九州マンション管理組合連絡協議会(神崎理事長)の作成したモデル規約を参考にして規約改正の審議を組合員らに提案した。その結果、平成元年一一月二三日開催の管理組合総会(乙八)において、区分所有者総数五二名中委任状提出を含めた四一名の出席を得て、うち四〇名の圧倒的多数の賛成で原始規約の改正がなされた。本件に関連する改正規約の内容は以下のとおりであった。

(一五条)

一項 組合員は、その専有部分を本来の住宅事務所及び店舗(飲食業、風俗営業を除く)として使用するものとし、良好なる住環境を阻害するような他の用途に供してはならない。

二項 組合員が、専有部分を住居外用途に供する場合は、前もって所定の様式第一により、管理組合に届け出ると共に、その承認を受けなければならない。

(一八条)

組合員は、次に掲げる行為をしてはならない。

① 騒音、悪臭をともなう行為、風俗美観上好ましくない用途並びに飲食業、風俗営業等に使用すること。

―②号以下省略―

(3) 右総会決議にただ一人反対した原告は、使用人の鹿毛耕一を同総会に代理出席させていたが、同人(鹿毛)は、右総会において、本件マンションの駐車場問題(南国開発が専用使用していた駐車場部分につき、被告がこれを共用部分に当たるとして使用料の支払を求めていた問題)やタワーパーキングの問題(管理権限が南国開発と被告のいずれに帰属するかの問題)等に専らその関心が向いていた関係で、右のような本件規約条項の改正に余り注意が及ばず、何らの意見も述べなかった。もっとも、原告は、この規約改正の議決に当たって明確に反対の意思を表示しており、その上でなされた右規約改正の議決は、手続的には旧規約三一条、三四条一号、五五条一項一号に基づき組合員の議決権総数の四分の三以上の賛成を得てなされた適法有効なものであった。

(三)  原告の営業申出

(1) 原告は、平成二年一〇月ころ、本件マンションの一階部分(本件建物)の使用を、それまでの会社事務所からレストラン営業を目的とする株式会社フォーティツウに対する賃貸(賃料一か月一〇〇万円、敷金三〇〇〇万円)に切替えることを企画し、同年一一月ころ、改正規約一五条二項に基づき、被告理事長徳永に対してその旨申し出るとともに、被告の承諾を求めた。

(2) 原告がフォーティツウによる本件建物の営業について被告理事会に提出した資料(乙二〜四)によると、当該賃貸店舗の概要は以下のとおりであった。

営業内容 サントリーレストラン

指導 サントリー株式会社の店舗、経営のノウハウを導入する。

従業員数 一日延べ三〇名

営業時間 午前一一時から午後一一時三〇分まで

店舗面積 一〇六坪、約一八〇席

(3) 原告は、右資料のほか、店舗に関する事業計画及び内装工事見積書、図面等を被告に提出した。一階部分(本件建物)は分譲当初から事務所として使用され、トイレ、炊事場の設備は備わっていたものの、レストラン営業に必要な換気、排気、排水等の諸設備は備わっていなかった。このため、右レストラン営業の開始に当たっては、内装工事及び共用部分の変更工事を必要とするものであった。

(4) このため、被告は、当初、ごみ処理、騒音対策、ダクトの設置位置等に注文をつけ、敷金のうち一〇〇〇万円を被告に預託すること(店舗撤去の場合右一〇〇〇万円から被告の負担した改装費用を控除した残金を原告に返還する。)を条件として原告の申出に応ずる姿勢を示したが、平成三年三月ころ、飲食店営業を禁止する本件規約条項の存在を根拠にして、原告からの右申出を正式に拒絶するに至った(甲八)。

(5) 被告がこのように態度を決した理由は、以下の点にあった。

すなわち、原告の申し出た飲食店開業には、最低限換気設備、排気のためのダクトの設置、空調設備、排水設備等の工事が必要であり、これらは必然的に本件マンションの共用部分の変更工事を伴うところ、三階部分以上の居住者にとってかかる工事は居住環境の変化(美観の悪化を含む)をもたらすこと、また、飲食店の営業によって一般家庭とは比較にならないほど大量の生ごみ、臭気・排煙等が発生し、多くの客の出入りに伴う騒音や看板・イルミネーションの新設による弊害、不法駐車の誘発等が懸念されること、以上のように、飲食店の営業は、本件マンションの共用部分に大幅な変更をもたらすと同時に本件マンションの外観住環境にも大幅な変更をもたらすこと等である。

2  以上の認定事実によると、改正規約一五条一項、二項及び一八条①号に従う限り、本件マンションの区分所有者は被告理事会の同意を得ることなしに専有部分を飲食業や風俗営業に使用することは許されないことが明らかである。

(一)  原告は、「改正規約は、飲食店の種類営業方法を一切問わず、飲食店というだけですべてこれを禁止する点で原告の区分所有権を合理的理由なしに制限するものである。」とか、「改正規約は、本件建物の飲食業店舗としての使用を無制限に排除する点で原告の権利に特別の影響を及ぼすところ、右改正に当たり原告の承諾を得ていない。」等と主張し、その本人尋問においても、本件マンションの立地する商業地域では、住居と商業部分とが画然と区別された構造である限り、本件マンション内の商業部分で飲食業を営業するのは本来その区分所有者にとって自由なはずである等と供述する。

(二)  しかしながら、一般に、区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない(区分所有法六条一項)義務を負担するから、かかる一般的制約を規約に具体化することは建物区分所有法の本来予定するところというべく、規約は管理組合の自治規範として規約変更に反対した区分所有者に対しても効力の及ぶのを原則とするというべきである。もっとも、かかる変更後の規約が右の一般的規約を超えて著しく特定の区分所有者にとって不利益を強いる内容である場合には、かかる改正規約は合理性を欠いて無効となる場合(①)があり、また、その程度に至らなくても、特定の区分所有者に「特別の影響」(区分所有法三一条一項)を及ぼすのに当該区分所有者の承諾を得られないため当該改正規約が無効となる場合(②)のあることも否定できないところである。

(三)  そこで検討するのに、まず、右①の改正規約の合理性の欠如の有無を判断するには、当該区分所有建物に関する分譲業者の説明内容、区分所有者(購入者)の認識内容、区分所有建物の当初の利用状況、規約改正に至る経緯(改正の動機、改正手続、改正内容)、改正により被るべき区分所有者の不利益の程度など諸般の事情を総合的に検討してこれを決するのが相当というべきである。

本件マンションの場合、すでに認定のとおり、当初から、三階部分以上は居住用で、一階部分(本件建物)は原告が代表者を務める南国開発の事務所として使用されてきたこと、三階部分以上の居住者の多くが一階部分では飲食業は営まれないと認識していたこと、規約改正の趣旨は、駐車場等の問題を含め、改正された区分所有法に沿うよう改める点にあり、その目的に不当性はうかがえないこと、規約の改正手続は旧規約に基づく適法なものであったこと等の事情が認められる。さらに、南国開発の作成した原始規約=旧規約(甲一)によると、専有部分の用途として「飲食業を除く」との文言はなかったものの、組合員が専有部分の使用のため給排水等の設備を設置するには被告理事会の書面による同意が必要であり(二一条三号)、共用部分の変更は組合員の議決権総数の四分の三以上の合意によらなければならず(三五条三号)、原始規約に付随する細則には、店舗部分の所有者が当該部分で当初の目的以外の営業をしようとする場合あるいは店舗の権利譲渡については、職種に関して事前に理事会に対して書面で同意を得なければならない(細則一七条)とされていたことが認められる。してみると、本件建物を新たに事務所以外の用途に使用するには改めて内装工事あるいは共用部分の変更工事が避けられない以上、そのための被告理事会の同意を得なければならず、ひいては改正規約により飲食業の営業が一律に禁止されるといっても、その実質は、旧規約下の右の制約に比べて格段に原告に不利であるとは即断し難い面がある。これらの諸事情を彼此考慮すると、本件において、改正規約が一般的制約を超えて原告に著しく不利益をもたらす場合に当たるとは即断し得ず、その合理性の欠如はいまだこれを肯認し難いというべきである。

(四)  次に、前記②の区分所有者に「特別の影響」(区分所有法三一条一項)を及ぼす場合の有無について検討するのに、まず、右の「特別の影響」とは、当該規約の設定・変更の必要性ないしこれにより他の区分所有者の受ける利益と当該区分所有者の受ける不利益とを比較考量して、後者の不利益が当該区分所有者にとって受忍すべき限度を超えているかどうかの観点に立ってこれを決するのが相当と解される。

本件マンションの場合、前記事実関係に照らすと、本件建物は分譲後長年会社事務所とてし使用されてきたこと、本件建物は飲食業としての使用を禁止されるものの、店舗一般の使用まで禁止されるものではないこと、本件マンションの三階部分以上は本来的に居住部分と予定されており、その戸数も四六戸(現入居数三七戸)に及んでいること、飲食業の営業に伴う共用部分の変更工事、大量の生ごみ、臭気・排煙等の発生、多くの客の出入りに伴う騒音や看板・イルミネーションの新設、不法駐車の誘発等による住環境の悪化は避け難いこと等の諸事情にかんがみると、たとえ原告の本件建物に対する投下資本の回収(もっとも、その金額は本件訴訟において必ずしも明らかではない。)ないし金利負担の経済的損失を考慮に入れても、なお、本件建物における飲食業の営業禁止の定めは、静謐な生活環境を希望する三階以上の住居部分の区分所有者の生活利益との比較において、いまだ合理性を欠くとは断定できず、本件マンションにおける原告の負担すべき一般的制約(受忍限度)を宣明したにすぎないと認めるのが相当である。本件規約条項が原告に前記「特別の影響」を及ぼすとは俄かに断じ難い。

(五)  したがって、原告の前記主張はいずれも当たらず、本件規約条項の無効をいう原告の請求は採用の限りでない。

三請求原因4(不法行為)について検討する。

本件規約条項が無効といえないことは右にみたとおりであり、その他、被告が本件規約条項の存在に藉口して専ら原告の本件建物での営業を不当に妨害する意図で同条項を偏頗に適用したとの事情も認めることができない。してみると、本件において、原告の不法行為の主張は到底採用し難い。

四よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官榎下義康)

別紙物件目録

(一棟の建物の表示)

所在 北九州市小倉北区紺屋町六五番地一

構造 鉄骨鉄筋コンクリート・軽量鉄骨造陸屋根・一二階建

床面積

一階 470.77平方メートル

二階 503.62平方メートル

三階 423.75平方メートル

四階 423.75平方メートル

五階 423.75平方メートル

六階 423.75平方メートル

七階 423.75平方メートル

八階 423.75平方メートル

九階 423.75平方メートル

一〇階 423.75平方メートル

一一階 399.43平方メートル

一二階 399.43平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 紺屋町六五番一の二六

建物の番号 一〇一

種類 事務所

構造 鉄筋コンクリート造一階建

床面積 一階部分 345.271平方メートル

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